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2009-09-20

「結果の平等」を求める政策に反対

私は公務員改革や地方分権では民主党に大いに期待をしていますが、子ども手当てや農業の所得補償制度など、社会主義的な発想による「結果の平等」を求める政策には反対です。

日本は資源の無い国であること。経済成長を続け、外貨を獲得し続けていかねばならない宿命を背負っている国であること。高齢化や労働力低下によりだんだん小さくなるパイを奪い合ううちに国全体が沈んでしまうこと。真の平等は「機会の平等」にあるということ。

機会の平等を追求し、頑張る人が報われる社会をつくりあげる。しかし同時に、社会的弱者やハンディキャップを背負っている方には手厚い手立てを講じていく。これが資本主義社会の基本だと思います。競争原理が働くからこそ、成長が出来るのだと思います。

「頑張っても、頑張らなくとも、そこそこ同じ結果にしよう」。この社会主義的な発想による政策は、競争意欲や労働意欲を削いでしまいます。長期的には国力を弱める結果となります。外貨を獲得する宿命を背負った無資源国・日本には決してそぐわない政策だと考えます。

「景気対策」という美名のもとバラマキをはじめた自民党は好きではありませんでしたが、「格差是正」という美名のもと更にバラマキを行おうとしている民主党はもっと好きではありません。

お株を奪われた自民党

民主党政権が始動しました。閣僚などの布陣に対して私が批評する立場にはありません。

自民党は4年前の選挙で、郵政民営化を最大の争点とし、大勝しました。郵政民営化は各論(具体論)であり、総論は構造改革でした。

役所の無駄を徹底排除して、公務員制度改革を成し遂げる。地方分権を行い、簡素で効率的な小さな中央政府を創りあげる。民間活力を最大限に活かし、経済成長を成し遂げる。これを国民に約束したはずです。

しかし、小泉政権以降、その方向性は少しずつズレはじめ、何をしたいのかよく分からなくなってきました。国民の自民党に対する視線は、4年間で、期待→失望→怒り→呆れ、と移り変わってきたこと。街頭に立ち続け、向けられる視線からも痛切に感じてきました。

最後の麻生政権では、「100年に一度の危機」を言い訳に使ってしまいました。「未曾有の不景気」だから「景気対策」が必要だと訴え、それらを公務員改革や地方分権に手をつけない言い訳に使ってしまいました。

「景気対策と構造改革の両立」を強く主張し続けましたが、最後まで受け入れられませんでした。自民党は、最後まで官僚依存や族議員との関係を断ち切れませんでした。

今、民主党政権が行おうとしている行政の無駄撲滅や官僚依存の打破は、本来、自民党が行うべき取り組みでした。その期待を見事に裏切り、民主党にそのお株を奪われてしまいました。

自民党の執行部や年配議員の危機感の無さや国民感覚との意識のズレ。これに対する不満は今でも持っています。それが私を突き動かす原動力の一つにもなっています。

民主党政権では景気対策の名目で執行中の補正予算の見直しを行っています。事業見直しにより、いわゆる「アニメの殿堂」は、おそらく執行停止になると思います。その際には、こだわりを持っておられた麻生前総理におかれましては、秋葉原あたりに私費で建設していただくことをお勧めします。

落選後の活動

落選後、平日朝は街頭でのご挨拶を続けています。今月中に主だった街頭箇所を一巡できると思います。来月からは、また毎月の新聞を作って配ります。



選挙事務所の撤去作業、事務所の整理、各種支払い、選挙の収支報告に追われています。その間に、挨拶回りを続けています。

色々な方にご心配をいただき、多くの方から激励をいただいております。何だかんだでまだ一日も休めていません。

当面は、家内と二人三脚で活動を続けていきます。経費削減のため、移転先の事務所を探しています。10月中に引越しを済ませる予定です。

政治活動費と生活費の混同をしないのが、これまでの私の活動のポリシーです。これらからも守っていきます。生活費を稼ぐため、年末より、早朝、市場でアルバイトをしながら生活費の工面をしていこうと思います。

中学生の頃、3年間、一日も休まず(休刊日除く)新聞配達を続け、高校進学のための費用と、今は亡き母に全自動洗濯機をプレゼントする費用に充てました。-20℃の極寒や吹雪に耐え抜いて泣きながらやり遂げたことが、つらい時の支えとなっています。

雑草のように、深く深く根をはりめぐらせ活動を続けていきます。

なお、この日記につきましては、現職議員であるときは自分に課した義務として毎日更新してまいりました。しかし、これからは単調な毎日になると思います。報告するような活動も少なくなります。

よって、これからは毎日は更新しません。しかし、思いや考えは強く、これまでより踏み込んで主張していきます。却って更新頻度が増すことになれば、何よりです。

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プロフィール
篠田陽介
(しのだようすけ)
http://www.yosuke-shinoda.jp/
info@yosuke-shinoda.jp

●1973(昭和48)年
3月23日生まれ(36歳)
●1991(平成3)年3月
北海道北見北斗高校卒業
●1996(平成8)年3月
名古屋工業大学卒業(機械工学科)
●1996(平成8)年4月
衆議院議員 武部勤 秘書
●2005(平成17)年6月
平成16年12月に行われた自民党愛知県候補者公募に応募。書類審査・面接審査を経て、衆議院愛知県第1選挙区支部長(名古屋市北区/西区/東区/中区)に就任
●2005(平成17)年9月
第44回衆議院総選挙において82,486票獲得するも惜敗。比例東海ブロックで当選
衆議院議員(1期)
衆議院 外務委員・内閣委員
自民党「改革加速議員連盟」国会改革に関する委員長
「国会議員宿舎を実現する会」代表
自民党 青年局次長
自民党 マルチメディア局次長
「GLOBE Japan(地球環境国際議連)」幹事
「日本・インドネシア国会議員連盟」事務局次長
「日本・ベトナム友好議員連盟」事務局次長
「ロボット政策推進議員連盟」幹事
「サッカー外交推進議員連盟」副会長
改革フォーラム「新しい風」幹事

自民党愛知1区支部長
新しい矢田川花火をみんなで実現する会顧問
名古屋青年会議所(JC)会員
●2009(平成21)年8月
第45回衆議院総選挙において78,691票獲得するも落選。再起に向け活動中。
●2009(平成21)年11月
自由民主党を離党。

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